私、フランチェッツォはいまに至るまで、はるか彼方にあるあの世界≠フ放浪者でありました。地上にいるみなさまは、こうした世界については名前はおろか、その存在さえもよくご存じではないでしょう。
そこで、できるだけわかりやすく、私(すでにあの世界≠フ住人になっています)の体験を述べることにします。それによって、いま地上を生きている方がやがて地上を去るとき、いかなる体験が待ちうけているかを知っていただきたいと思うのです。
そして私の体験が世に明かされることにより、みずから奈落に向かうような生き方を止める人々が出てくることを心から願っています。
私は、十九世紀半ばのイタリアに、貴族の息子 として生まれました。
地上にいたときの私は、いまから思えば自己満足だけを求める傲慢(ごうまん)な人間でした。
精神的にも肉体的にも、能力と天分に恵まれていた私のことを、幼いときから人は素晴らしい、高貴だ、才能があるなどとほめそやしましたが、それをいいことに、人から愛と尊敬を得ることにのみ夢中になり、自分が純粋な気持ちで誰かを愛することなどほとんどありませんでした。
私が愛した(地上の男性は愛の名に値しない情欲もこう呼びますが)女性たちはみな、その魅力で私の気をひこうとしたものです。けれど私は、誰に対しても物足りなさを感じました。欲しいものは何としても手に入れたくなりましたが、いざ手に入れてみるとそれは苦い灰の味しかないのです。満たされない思いを心に� ��えたまま、それが罪であるとも思わずに、私はどれだけ女性たちの心を傷つけたでしょう。
それにもかかわらず、私はたくさんの宴(うたげ)に招かれ、貴婦人方によって甘やかされ、社交界の寵児(ちょうじ)になったつもりでのぼせ上がっていたのです。
そんな心の隙が招いたのか、芸術家を志していたはずの私は、ある日仲間と思っていた男に裏切られ、決定的な過ちを犯してしまいました。自分と他人の名誉を傷つけ、前途あるはずのそれぞれの人生を台無しにしてしまったのです。
その過ちは、生きているときばかりか死んでからさえ、私にずっとついてまわりました。わがままで放蕩(ほうとう)に満ちた人生がもたらす結果は、まだ生きている間でさえ悲惨ですが、霊界においてはそれに倍して悲惨なので� �。過去の過ちや失敗は、すべての過去をあがない精算するまで、ずっと私たちの翼の自由を奪い続けます。
傷心に沈む日々を過ごしていた私は、あるとき一人の女性と巡り会いました。
ああ、それは何と素晴らしい出会いだったでしょう!
私にとって純粋可憐(かれん)な彼女は、ほとんど人間以上の存在に思えました。
そうして「私の善き天使」と名付けた彼女に、「高貴な愛」という次元から見れば貧相で自己中心的なものではありましたが、私のすべての愛を捧げました。その人生のなかで初めて、私は自分以外の人間のことを真剣に考えるようになったのです。
それまで私が誰かにやさしくしたり、愛する人に寛大であったりしたのは、相手がそのお返しをくれることを期待したからでした。自分の愛情� ��好意は、他人からの愛や尊敬を買うための投資にすぎず、自分の幸せなど考えないで、ただ愛する人の幸福だけを願うような、そんな犠牲的な愛など想像したことすらありませんでした。
けれど、何かが私の中で変わり始めたのです。
彼女の輝くような精神の高みにまで、自分の心を純粋にすることはできませんでしたが、ありがたいことに彼女を自分の側に引きずり降ろそうとはしませんでした。
いつか時が経つにつれ、彼女の世界の明るい太陽に照らされて、自分にはもうないと思っていた至純(しじゅん)の思いをもつまでになったのです。
その一方で、誰かが彼女を私から奪っていくのではという恐怖に怯えていました。ああ、あのころの痛恨と苦悩に満ちた日々!
二人の間に見えない壁をつくったのは 自分であると知ったのです。
俗世(ぞくせ)に汚れた自分は、彼女に触れることさえふさわしくないと感じていたのです。私に対するあの方の深い思いやりとやさしさのなかに、彼女自身も気づいていない愛を読みとることはできても、この世にあるかぎり彼女が自分のものになることなどありえないと感じていたのです。
それで彼女と別れようとしましたが、できませんでした。彼女とともにある幸福、彼女の明るい世界に触れる喜びだけは私にも許されていると思い、それだけで満足しようとしたのです。そのわずかな願いさえ、やがてかなわなくなるとも知らずに。
(2)突然やってきた「死」
ところがやがて、何ということでしょう、あの予想だにせぬ恐ろしい日がやってきました。何の前触れ� ��なく突然、私はこの世から取り去られ、すべての人間が避けることのできない「肉体の死」という深遠(しんえん)に投げ込まれてしまったのです。
初めは死んだということがよくわかりませんでした。
数時間苦しみもだえた後、夢のない深い眠りに落ちました。
やがて目覚めてみると、たった一人で真っ暗闇(くらやみ)の中にいたのです。起きて働くことはできましたので、その直前よりは確かに状態はよくなっているようでした。
だが、いったいこことはどこだろう?
立ち上がって、暗い部屋の中でやるように手探りしてみましたが、まったく光が見えないし、音も聞こえませんでした。ただ、死の静寂と暗黒だけがあたりを包んでいるばかりでした。歩けば扉でも見つけられるだろうと思い、どれほどで しょう、力無くゆっくりと動き手探りし続けました。
数時間もそんなことを続けたでしょうか。私は、だんだん狼狽(ろうばい)し、恐怖さえ募ってきて、どこかに誰かいないのか、とにかくこの場所から抜け出せないか、と必死になりました。
残念なことに、扉も壁も何も見出すことはできませんでした。私のまわりには何も存在しないのです。ただ暗黒のみが私を包んでいたのです。
最後に、とうとう耐えきれなくなった私は大声で叫びました。しかし、いくら金切り声をあげても、誰も答える者はいません。何度も何度も叫びましたが、相変らず静かなままです。
牢獄(ろうごく)にでも入れられたのだろうか?
いや牢獄には壁があるがここには何もない。
精神錯乱? それとも? 自覚ははっきりあ� ��し、感触もある。以前と何も変わらない。本当にそうか? いや、やはり何か変だ。
そうです、はっきりとはわかりませんが、何か全身が縮こまって、いびつになってしまったような感じなのです。
自分の顔はどうか、手で触ってみると何だか大きくなっているようだし、がさつで歪んでいるような。いったいどうなっているんだ?
ああ。光を! どんなにひどい状態でも何でもいいから、とにかくどうなっているのか教えてくれ! 誰も来てくれないのか? まったく一人ぽっちなのか?
そして私の光の天使よ、彼女はどこに? 私が眠りに陥る前、彼女はたしかにそばにいてくれた。いまはどこに?
何かが頭と喉(のど)の中ではじけた感じがしたので、もう一度私の元に来てくれるようにと、彼女の名を大 声で叫びました。
すると、ようやく私の声が響きだしました。そして私の声があの恐ろしい暗闇を通して、こだまとなって返ってきたのです。
はるか遠くに小さな星の光のような点が現われ、少しずつ近づいてきて大きくなり、とうとう私の目の前までやってきました。それは星の形をした大きな光の玉で、その中にあの「いとしい人」の姿を認めることができました。
彼女の目は眠っているように閉じられていましたが、両腕は私のほうに伸びており、やさしい声でこう言っているのがはっきり聞こえました。
「ああ、私の愛する人、あなたはどこにいらっしゃるの? 見えないわ、声しか聞こえないのです。私を呼ぶあなたの声だけが聞えるのです。それで私の心が答えるのです」
私は彼女のほうに駆け出そ� �と思いましたが、だめでした。見えない何かの力が私を引き戻すのです。また彼女の周囲には、私が突き抜けることのできない囲いのようなものがありました。苦しみの中で私は地面の上に崩れ落ち、一人にしないでくれと彼女に哀願(あいがん)しました。
しかし彼女は、気でも失ったように頭をがくりと前に垂れ、誰かの腕に抱かれるようにして、その場を去っていきました。
私は起き上がって彼女の後を追おうとしましたが、無駄でした。大きな鎖でしかっかり繋(つな)がれてでもいるかのように、先に進めないのです。さんざんもがいているうちに意識を失い、地面に倒れたのでした。
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